「上級コース」(60秒/回)

仰向けになり、足を少し浮かせた状態(足上げ腹筋)をキープしながら音読する課題。

ひとつあたり 60秒(400~430文字程度)×3回分を目安とした文量で区切ってあるため、インターバルとして使用することを想定しています。


1 行脚さん

 とある僧は、お師匠さまに言われて、二本の足で各地を練り歩きながら修行をなさっていました。旅の終着点は特に定まっておりませんが、お師匠さまが言うには「お主が終わりと感じたときが旅の終わりだ」ということで、一体何を以て終わりとするのか、あのお師匠さまのことです、ただ僧が「終わりました」と告げたところで、旅のやり直しを命じることでしょう。今更戻ったところで、今進んだところまでの道のりが無駄足になるというもの、僧はただただ当てもなく、足を前に動かし続けるのでした。日が傾き、西日が辺りを赤茄子のように染め上げていましたが、茹だるような暑さは拭えず、蜩(ひぐらし)も喧しく鳴いておりました折、ふと脇の草陰からか細い声がしました。それは老婆で、土の上にうずくまり、皺々(しわしわ)の腕を伸ばして「水をいただけませぬか」と、風が枯れ枝を揺らしたかのような声で言うのです。僧は「この老婆に水を恵めば、修行の答えが見えるのでは?」と考えました。

 

 

 自分も額に玉のような汗が滲んでおり、竹筒の水もほとんどありませんでしたが、僧は迷わず水をお与えになりました。老婆は大層喜んで、貪るように最後の一滴まで舐め取ったあと、僧へ「ありがとう。これで動けるようになったよ」とだけ告げると草を掻き鳴らしながら草むらの奥へ姿を消しました。僧は竹筒を返してもらっていないことに気づきましたが、すでに老婆の姿はなく、仕方なく道に戻って歩みを進めました。夜になる前にどこか休める場所に辿り着ければよいのですが、この暑さの中、水無しで急ぐのも苦行です。お師匠さまに課されたかつての修行に比べればと、心頭滅却して歩いていますと、日没より前に旅籠(はたご)に差し掛かることができました。これは先ほどの善行の巡り合わせであると、空をひと拝みなさったあと、僧は旅籠の戸を叩きます。中から出てきたのは桜色の着物を着た年端もいかぬ娘さんで、宿泊したい旨を伝えると少しだけ唇を結び肩を震わせるのでした。

 

 

 事情を聞くと、恐ろしい化け物が昨晩に旅籠の主人を食い殺したというのです。刺し違えになる形で主人が包丁を化け物の脇腹に刺したので、なんとか娘さんは食われずに済んだということでしたが、包丁もなく、今晩の夕餉(ゆうげ)も出すことが出来ないと言います。娘さんは化け物退治ができませんか、と僧に頼みましたが、僧はまだ修行の身、何も力になれない自分を恥じました。それでも寝床だけは貸してくれるということになり、二階の部屋に通されます。手持ちの干し飯(ほしいい)を噛みながら、薄い布団の上に寝転がると、昼間の歩き疲れもあってか、すぐに眠り落ちてしまい、気がつけば朝になっていました。布団を畳み、宿の礼に何か手伝えることはないかと厨(くりや)に下りると、土間の上が何やら濡れておりました。昨晩の記憶と違い、ひどく荒らされていて、その一角で見覚えのある桜の端布(はぎれ)と、竹筒が落ちていました。僧は少し固まったあと、忌々しそうに竹筒を踏み割って、逃げるように旅籠を後にしました。



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