「初級コース」(15秒/回)

仰向けになり、足を少し浮かせた状態(足上げ腹筋)をキープしながら音読する課題。

ひとつあたり 15秒(90~100文字程度)×10回分を目安とした文量で区切ってあるため、インターバルとして使用することを想定しています。


1 ほんとうのぼく

 リスのレオンは、とても働き者で、森に住む他のリスたちの中でもレオンのことを知らないリスはいないと噂されるくらい有名なリスでした。額(ひたい)にバツ印の傷痕があったことも有名になった原因のひとつかもしれません。

 

 

 レオンは自分のことを働き者などと思ったことは、これっぽっちもありませんでした。お日様が昇るのに合わせて家を出発し、ヨルミミズクの鳴き声と一緒に歌いながら、両手いっぱいのドングリを抱えて家に帰る生活をしていました。

 

 

 あまり月が出ていない夜に、うっかり歌に夢中になりすぎてしまって、湿った落ち葉で足を滑らせて転んでしまったのが、レオンの「名誉の負傷」の原因でもあるのですけれど、それはレオンとヨルミミズクだけの秘密です。

 

 

 あまりもレオンが傷のことを話さないものだから、「あれはイタチからドングリを守ったのだわ」だとか「となりの森のボスとやりあったらしい」だとか、話に尾ひれがついていましたが、レオンはそれを少し誇らしげに思っていました。

 

 

「おれと勝負しろ、レオン」ある日、森で一番身体が大きなリス・ダンテはレオンに勝負を挑みました。レオンは「ドングリを拾いにいかなきゃだから」と慌ててダンテのそばを通り抜けようとしましたが、ダンテはそれを許しません。

 

 

 

 

 レオンは来た道と反対方向に走り出してダンテから逃げることにしました。抱えていたドングリがぽろぽろとこぼれることも構わず、一生懸命に走りました。後ろから、誰かが自分を笑う声が聞こえた気がしましたが、振り返りませんでした。

 

 

 気がつくと日はすっかり暮れ、レオンは見知らぬ場所にいました。「ぼく本当は臆病なだけなんだ」レオンは空っぽになった腕を見つめて、肩を落としました。「他のリスが怖いんだ」すると、その肩がずしりと重くなりました。

 

 

「ぼくの友達は君だけだよ」レオンは言いますが、ヨルミミズクは首を傾げるだけです。お互いの言葉はわかりません。ただ、いつも一緒に歌って、そうしている間だけはふたりの気持ちは通じ合っているような気がしていました。

 

 

 肩が軽くなって、いつものように頭の上から歌が聞こえてきました。歌に合わせてレオンは無我夢中で歌って、歩きました。急に目の前が真っ暗になって、おでこに痛みが走りました。「大丈夫か?」友達と別の声がします。

 

 

 顔を上げると、ダンテがいました。レオンは「本当はぼく、どんくさいんだよ」と消えそうな声で言いました。「歌はうまいじゃねえか」ダンテは手を差し伸べます。月影が滲みました。レオンは手をとって、もう転ぶことはありませんでした。

 


    

2 廃棄ロボット

 街の西側には大型のゴミが山脈を成しており、街の人々は「トラッシュ」と呼んでいた。街の住人はそこには近寄らず、自動操縦のロボットだけが、日に何往復もしては、街から出た大小様々なゴミを運んでいた。

 

 

 ロボットはゴミとそうでないモノを見分けるセンサーを搭載していた。ゴミと判断したものは両のアームで掴んで、そのまま山のてっぺんを目掛けて投げるのだ。15年の歳月はロボットが山を崩さずに積めるまでに成長させた。

 

 

 雨風に吹かれようと、夏の日差しに照らされようとセンサーもアームも筐体も、壊れることなく駆動し続けた。街の人はロボットに依頼することもあり、ロボットは簡単な言葉なら理解することができた。けれども喋れはしなかった。

 

 

 ある日、ロボットはゴミ山の麓で、聞くはずのない音を聞いた。短い悲鳴を上げたのは、襤褸布を纏う、痩せ細った子供だった。ロボットが投げた潰したオーブンが出した震動に驚いたらしい。こうして、ロボットと子供は出会った。

 

 

 センサーはその子供を「ゴミではない」と判断した。アームを伸ばして、子供を持ち上げた。オーブンと比べるとひどく軽かったし、すぐに壊れてしまいそうだった。ロボットはゴミにしてしまわないように、丁寧に扱った。

 

 

 

 

「そんなゴミ、早く棄ててきなさい」街まで子供を連れて行くと、入り口にいた住人は開口一番言った。「『トラッシュ』を街に連れてくるなんて! 何を考えてるの!」住人は喚きながら、持っていた飲料を浴びせかけてきた。

 

 

 ロボットの回路に信号が走る。街の人が言うから、捨ててこなければならない。ロボットはアームに力を込めた。捨てやすいように、小さく小さく潰さなければならない。「痛いっ」声がして、ロボットの手が止まった。

 

 

「どうして言うとおりに動かないの!」怒声を聞いて他の住人たちも集まってきた。誰かが呼んだ警備ロボットが、ロボットを袋叩きにする。プログラムにない行動だった。ロボットもよくわからないまま手の中身を守った。

 

 ロボットがゴミになった頃、代わりの機体がやってきて、ロボットとその手の中身を西に運び出した。筐体もアームもボロボロだった。子供が何を語りかけても、センサーは捉えることはなかった。ただ抱きしめたままだった。

 

 後継機は山のそばにロボットを廃棄した。子供はロボットの胸から這い出た。「言いつけを破ってごめんなさい。あなたに会ってみたかったの」子供は凹んだロボットの身体に腕を回す。子供にとってロボットはゴミなんかではなかった。


    

3 ヒマワリを植える男

 ヒマワリが咲いていました。その男の家の庭には、塀越しに道からでも見えるほど、こぼれるくらいのヒマワリが咲いていました。勝手に咲くのではありません。男が植えたから、ヒマワリが咲いたのでした。

 

 

 雨季が明けると、男は庭に出て、まず大きなため息をつきます。ぐじゃぐじゃになった地面と、くたくたにそれでもびっしりと根を張った雑草たち。今からする苦労を考えると、百回でも二百回でもため息をつきたくなります。

 

 

 それでも男はせっせと雑草を抜きました。もう毎年のことだから手慣れたものです。どうせ今年もやるとわかってるならため息なんてつくなよって? それは言いっこなしです。男の興味が庭に向くのはヒマワリの季節だけなんです。

 

 

 それは女との約束でした。『ヒマワリを目印に帰ってきますから』たったそれだけの約束。男はヒマワリを植えさえすれば女が帰ってくる。そう信じていました。もうこの町の人間より多くのヒマワリを植えてもなお。

 

 

 もうやめたらどうだい? あんな女忘れてしまいなさい。町の人々からたくさん言われました。それでも男はヒマワリを植えるのをやめません。町の人のことなんてどうでもよかったからです。女さえいれば、それでよかったからです。

 

 

 

 

 十回目の夏が終わったとき、男はもしかして女は自分のことを忘れたのでなかろうか、と考えました。萎れて項垂れるヒマワリに囲まれながら、そんなはずがないそんなはずがないと落ちた種を拾い集め続けました。

 

 

 そしてその次の年も、ヒマワリは枯れました。『ヒマワリは太陽に向く花なんです』いつかヒマワリの前で笑っていた彼女のことを思い出して、地面を濡らしました。それでもヒマワリは甦りません。

 

 

 ついに男は女を忘れることにしました。男は手先が器用だったので時計職人の真似事を始めました。時間が進み出したのです。ヒマワリを植えた時間よりもずっと短い時間で、腕利きの職人がいると国中の評判になりました。

 

 

 女が帰ってきました。記憶よりもお互い年老いてしまっていましたが、男はすぐに女がわかりました。『どうして今頃戻ってきた』男は言います。『その声……あなたなのね』女は目が見えなくなっていました。

 

 

『ヒマワリは探せなくなったけど、ヒマワリの時計を作る職人さんの話は私の耳に届いたわ』二十年越しに叶いました。『眩しくても向かい続けてくれていたのね。ありがとう、私のヒマワリ』時計の針がてっぺんを指しました。

 

    

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