「君がトイレに篭もってから何分経ったと思ってる? お天気キャスターが夕方から雨ですね、ってもう三回目だ。俺もやろうか? このままいけば集中豪雨、場所は自宅、トイレ前廊下地方です。雷雨になる前に扉を開けたほうが賢明じゃないか? あっ、おい! 今新聞をめくる音が聞こえたぞ。開けろ! 急げ! 今トイレから出れば足の裏が汚れずに済むぞ、お願いします」
ギャグテイストの台本。「このままいけば~」の台詞から物まねが始まるが、尺がだれないように、後ろの台詞を属性の違うものにしている。「雷雨になる前に~(懇願あるいは脅し)」「あっおい!(リアクション)」。
「あと何分だ? 15分? 会議のオープニングトークで引き延ばしたら? それでも20分? よし、あれだ。お前んとこのばあさんの秘伝のソースのレシピであと5分は延ばせるな。仕方ないだろう。週末でタクシーが捕まらないんだ。急げ? ああ、わかっているよ。急ぎたいのはこっちも同じだ。じゃあ、君がカボチャの馬車でも寄越してくれれば――タクシー!」
電話越しの台本。電話相手との会話に集中させて集中させて……タクシーを逃すところだった! という、最後の台詞の落差をどう表現するかに尽きる一点特化型の台本。電話の内容は緊張感があるが、どこか小ボケを挟んだり、「余裕ぶる」「逆にやけくそ」といった台本。「ああ、わかっているよ」に怒気を含ませれば緊張感も出せる。ただしそこを立てすぎると「タクシー!」喧嘩してしまうので、塩梅が腕の見せ所。
「急げ急げ。いや焦るな俺。バアさんがいつも言っていたことを思い出せ。いい男ほど土壇場で優雅に珈琲でも啜る余裕を見せるモノだ。少なくとも俺のジイさんはそうだったらしい。イメージ、イメージだ。今俺の前にあるのは爆弾ではない。一杯の珈琲だ。香りを楽しむように爆弾解体のイメージを……ってそんなことできるか! どれだ、どのコードを切ればいい? 急げ俺」
爆弾を珈琲に置き換え始めたあたりから「こいつやべー」と、急に風向きが変わる台本。最後の「どれだ、どのコードを切ればいい?」にどんな感情を含ませるかで、逆算する形になるかと思われる。焦り? 怒り? パニック? やけくそ? 「そんなことできるか!」の際に、爆弾に衝撃を与えてしまって、事態が悪化しても面白い。
「寒い、体温が下がってきてる。早くどこか吹雪をしのげる場所にいかないと。あれ? お母さん? 10年前に死んだはずじゃ? そっちを指差して……そっちに行けばいいの? うん、わかった。僕もそっちに行くよ。待っててねすぐ行くから。ははは、不思議だな。なんだか足が軽くなった気分だ。うん、すぐに行くからね。すぐに」
極限状態に陥ると、いるはずのない人影が見えて、その導きのままに進んだら生還できた的な現象がモチーフ。あれ? お母さん? から、急に幼さを見せてもよいか。意識レベルが混濁、朦朧とした体をとってもよいか。生きるために進むもよし。死ぬために進むもよし。